緑色の絨毯のような草原に伸びる、一本の街道。
日差しは良いと言うにはあまりにも強く、草原の風を揺らす風もたいした効果はないようだ。
そんな道を、日除けのフードを被った一人の少年が頭を軽く押さえながらよろよろと歩いていた。
照りつける日差しは、日陰のない道を歩く少年に容赦なく降りかかる。
「う〜。気持ち悪い。いい加減おさまんないかな…。」
すぐ横で行なわれている口喧嘩に耐えるように顔を顰め、弱弱しく少年は呟いた。
もちろん、少年の周りには人どころか動物も見当たらない。
「暑い〜。コレ脱ご。…え?あ、大丈夫だよリーヴァ。脱いだ方が風が入ってきて涼しいよ、
きっと。」
…くどい様だが、少年の周りには誰もいない。
だが、少年の中には…。
少年は脱いだ日除けのフードをくしゃくしゃと荷物の中にしまい、足元に置いてある真っ直ぐに伸びた木の棒を持ち直すと、またよろよろと歩き出し、
暫らくして、…倒れた。
(お前の髪って、光によって赤にも黒にも見えるんだな。)
昔、誰かが自分にたいして言った言葉。
どんな状況で、言ったい誰がそう言ったのか覚えていない。
…なら、一体何を覚えていると言うのか……。
ハッと少年はその場を見まわした。
一面の瓦礫、赤く揺れる炎。
黒く焦げている人間だったもの。子供の母を求める泣き声。母親の、子供を失った悲鳴。男たちの、突然の異変への怒り。
自分の体の中に、自分の者とは違う4つの鼓動を感じる。
(俺の所為だ。どうしようどうしようどうしよう!!わかんない…、気持ち悪い…、頭痛い…、何も思い出せない……。)
自分の心の中に“罪悪感”と言うものがあったのだが、その時の少年は混乱していて、気持ちを落ち着けるのには無理に等しかった。
自分のすぐ側で炎が渦を巻く。
すると突然、少年の頭の中に声が響いた。
『逃げろ!このままここにいると炎に巻きこまれるぞ!』
思わず自分尾周りを見回すが誰もいない。
『急げ!』
頭に響く声のおかげで少しスッキリした頭でものを考えるより早く、少年は燃えている村から逃げ出した。
『ケアル、ケアル!いつまで寝てるのよ、起きて!』
『マーシャ、ケアルは疲れてるんだよ?少しは気遣ってあげたら?』
『だって、ケアルが起きないんだもん』
(俺は大丈夫。ここは…?)
濃い茶色の髪に黒い瞳を持った少年、ケアルは、簡素だが清潔なベットの上から体を起こした。
人気の無い街道を歩いていて、倒れて。
少し前の夢を見ていたまでは覚えていた。
「ここ、何処?」
『わかんないよ、ケアルが目を閉じていたら僕達だって何も見えないんだから。』
『あ、でも馬車が通った音は聞こえたよな』
3つ目の頭に響く声を聞いて、…つまり、とケアルは呟いた。
(誰かに運ばれてここにいるんだ。)
あらためて部屋をゆっくりと見渡すと、小さな窓、大きなタンス。隣にもう一つのカラのベット、何処か落ち着く感じがする部屋だった。
自分の寝ているベット側の椅子には、自分の荷物と愛用している木の棒が置いてあった。
すると、カチャリ と言う音とともに部屋の扉が開いた。
ゆっくりと現われたのは、髪に白髪が混じる、ケープを羽織った老婆だった。
「おや、もう大丈夫なのかい?」
「あ、ハイ。あの…助けてもらったみたいで、有り難う御座います。」
頭を下げるケアルを見て、老婆は優しく微笑んだ。
「主人が、ぐったりした彼方を連れてきた時は本当にびっくりしたのよ?」
ケアルは老婆に進められ、一階にあるテーブルの椅子に座り、暖かいスープを啜った。
「…(− −;) ごめんなさい…。」
「そう言えば、まだ彼方のお名前聞いてなかったわね」
「俺はケアル・カザナン 12才です。」
美味しいスープを休みなく運びながら、ケアルは問いに答えた。
テーブルも椅子も食器をしまってある棚でさえ、深い木の色で統一された部屋。テーブルにある二つの椅子で、この老婆がさっき言っていた“主人”とやらと二人きりで生活しているのが分かる。
「私はノーラ。もうすぐ帰ってくると思うけれど、私の主人の名前はマヴィンって言うのよ。ここは森に近い小さな田舎の村だけど、ゆっくり体を休めて行ってね。」
ニッコリと笑いかけるノーラに、ケアルはつられたように笑った。
時刻は丁度夕暮れ時、夕食にはまだ少し早い時間。
窓から入るオレンジ色の光に、ケアルは目を細めた。
山の中に入って行く大きな太陽、鳥達の巣へ飛び行く影。子供を呼ぶ母親のやさしい声に、それに答える小さいながらも幸せそうに響く声。
「平和だね…」
誰にともなくケアルは呟いた。
「帰ったぞー!…おや、君はもう起きていて大丈夫なのかい?」
ボーっとしていた所に、突然白い短髪の、少し大柄の男が家の中へ入って来た。
ノーラの主人、マヴィンだろう。
「あ、はい!助けていただいて、有り難うございました。」
ぺコリとお礼を言うケアルを見て、男は笑顔で言った。
「それだけ元気ならどうだ?今夜山の奥の神殿でちょっとした祭りがあるんだが、来ないか?」
「行きます!!」
即答したケアルを、老夫婦は孫でも見るような優しい瞳で見ていた。
「じゃあ、何か食べたようだし、今から行くか。」
「…これが、神殿、ですか?」
石で組み立てられた、少し大きめな祠を前にケアルが聞いた。
「想像していたのと違うだろ?」
意地悪そうな笑みを浮かべたマヴィンにケアルは素直に頷いた。
神殿には想像していたものと違い、多少驚かされたが、石の回りを飾る松明からの明りと月の光とで、その場所はとても神秘的に見えた。
「…神殿、と言ってもおかしくない場所ですね。」
月が上るにしたがって、石の祠の回りに村人が集まって来た。
あちこちから松明の明りの中、人々の朗らかな笑い声が聞こえてくる。
夜も更けてきたせいか、ケアルと同じような子供や女性の姿はない。
ノーラも、今は家でマヴィンとケアルの帰りを待っているだろう。
「それじゃあ、宝玉を取り出すか!」
何処からか太い男の声がした。
そして、集まった男達の中の何人かが祠に近づき、中へと手を伸ばした。
その時、ケアルの中にいるリーヴァが言った。
『森の中に隠れている者がいる。』
「え?」
突然の言葉に驚いて、ケアルは思わず声を上げた。
「どうかしたか?」
『12,3人って所かな?』
『盗賊じゃないかしら?』
マヴィンに首を横に振った後、ケアルは自分の中で会話している4人に集中するため、手で軽く耳を押さえた。
『やっぱあの宝玉?を盗みに来たのか?』
ケイアスの問いに、リーヴァが軽く頷く気配がした。
(でも何で村人達が集まっている時に…)
口には出さず心の中で問いを投げかけた、次ぎの瞬間。
森の中の闇がいっせいに動いた。
「盗賊だ!逃げろ!」
森の中から放たれる矢が飛び交う中、村人の誰かが逃げろと叫びながら走り回る。
しかし、回りはすでに取り囲まれており、矢が止んだと同時に八方から現われた男達により、村人は逃げ出す事が出来なくなってしまった。
『やり方がセコいね。』
頭の中に響くレアンの声を聞いていたケアルは、いきなり右手を強く掴まれた。
びっくりしながら自分の手を掴む男を見上げると、マヴィンだった。
「いいかい?絶対にこの手を離しちゃダメだよ?」
ケアルを掴んだ手に力を入れて、マヴィンは回りを囲む盗賊達を睨んでいた。
「……。」
あっけに取られているケアルに、ケイアスが話し掛けた。
『どうした、ケアル?』
(え?あ、うん…。初対面なのになって、思って。)
『ケアルが子供だからじゃないの?』
(そうなの?子供って守られるものなの?)
ケアルが四人に聞くと、何故かあっけに取られている気配がした。
『…とりあえず人数が多いな、魔法で少し減らすか』
『その次僕ね!』
『ちょと待ってよ、私も忘れないでよね!ケアル』
(分かってるよ、それじゃ暫らく交代だね…)
ケアルが軽く目を閉じ、ゆっくりと開いた時、
たった今そこにいたケアルの気配が無くなり、涼やかな雰囲気がケアルの体を包んだ。
「?」
異変に気が付いたマヴィンがケアルを見下ろした。
「少しの間、動かないでいて欲しい。奴等は私達がどうにかする。」
マヴィンを見上げるケアルの黒色だった瞳は、今、宝石のような紫色に変わっていた。
驚きのあまり、固まっているマヴィンの手から自分の手を離すと、ケアルは一人、盗賊達の方へと歩み寄って行った。
「あ?何だこのガキ!」
盗賊の一人に近づいたケアルに、村人が慌てている。
盗賊は村人をわざと怖がらせるため、ケアルに向かい刃を見せる。
「子供だから甘く見てもらえるかと思ったら大間違いだぜぇ!」
盗賊が持っている、ギラギラ光る剣がケアルへと振り下ろされる。
「!!?」
マヴィンはその剣の行く末を見られず、頭を抱え強く目を閉じた。
「うわぁぁぁあ…!!」
一瞬後に聞こえた悲鳴は予想していたのとは違い、大人の複数の声だった。
マヴィンはそっと目を開いた。
そっと目を開けたマヴィンは、他の村人と同じように驚きで固まった。
殺される、と思っていた男の子は、目の前に止まっている氷付けにされた多数の盗賊達を冷たい紫の瞳で見ていた。
「このガキ魔法使いか!?」
運良く氷付けにされなかった残りの盗賊達が、次ぎの呪文を紡ぐ前にといっせいにケアルに襲い掛かる。
「…確かに子供を甘く見ると危ないが、だからと言って…
子供に暴力振るうなんて、大人のする事じゃないわね!」
ケアルの口調が変わると同時に、その瞳もまた一瞬にして変わった。
今度は、太陽を思い出させるような金色…。
金の瞳になったケアルは軽い笑いを顔に貼りつながら、自分に向かって剣を振りかざし走ってくる男に、小石を拾い投げつけた。
石を眉間に当てられた男が崩れ落ちるのを視界の隅に入れながら、右から来た男の足元に素早く潜り込み、下から起きあがる反動を生かし男の手首を蹴り上げた。
男の持っていた剣が宙にクルクルと舞い、月の光を反射し、ケアルの手の中へと落ちた。
ゆっくりと剣を構えるケアルは、さっきとは違った笑みを顔に貼り付けていた。
嘲りのが混じった表情から楽しさの表情へ…、その瞳は茶色、樹木を思い出させる深い色。
しかし、ケアルの顔の変化も瞳の変化も、月が出ているとは言え、夜、森の中では誰も気が付かなかった。ただ、ケアルから溢れ出るような不思議な力が、穏やかな生活をしている村人達にもはっきりと分かっていた。
「ケイアス。もしかして出番回ってこないかもよ?よかったね肉体労働が減ってさ、もうそろそろ歳なんだから。」
茶色い瞳をしたケアルがそう一人で呟き笑ったかと思うと、今度は顔を顰めた。
「うるさいなー、もう。わかったよ、残せばいいんでしょ?」
「このガキ、いかれてんのか…?」
ケアルの側にいた盗賊が、目に恐怖を浮かべた。
剣を構え、ケアルに向かって来たのは、さっきの呟きを聞いていない別の盗賊、
剣を振りかぶり迫ってくる男を、ケアルは楽しそうな笑みを浮かべ、男が剣を振り下ろすよりも一瞬早く、相手の足を切りつけ、手首を切り落とした。
「!!?」
手首を切り落とされた盗賊が悲鳴を上げるのより早く、ケアルは男の鳩尾にこぶしを入れた。
声なく倒れる男を少し悲しそうにケアルは見て、言った。
「少し酷くねぇか?ケアルだって見てんだぞレアン。」
倒れている男から目を外し残った盗賊へ顔を向けたケアルは、深い海の色、青色の瞳で盗賊を睨んだ。
「怪我したくねぇやつはとっとと失せろ!」
大人でも怯えを感じさせるような声を出した後、青い瞳のケアルは、
「う、うるせぇな!残りが一人だろうと別にいいじゃねぇか!」
何故か顔を赤くしながら、少し慌てたようにもう一度怒鳴った。
「?」
一人残った盗賊と村人は、そんなケアルを見て混乱している。
「と、取り合えず掛かって来い! …だぁ〜!うるせぇぞ!レアン!マーシャ!!少し黙ってろ!」
一人で怒鳴り散らし、息が荒いケアルはこめかみをひきつかせている。
「?…??」
ますます混乱する村人と盗賊。
混乱しながらも後には引けないと思ったのか、声を張り上げながらケアルへと剣を振り上げる。
振り下ろされる刃の側面をケアルはこぶしで横に流した、そして盗賊の手首をそのまま掴むと、ケアルの二倍以上ある男の体を地面へと叩きつけた。
「よし、これで全員だな。ケアル、戻るぜ。」
辺りを見回し、全ての盗賊が伸びているのを確認すると、青い瞳のケアルはゆっくりと目を瞑り、そしてまたゆっくりと目を開いた。
瞳は夏の夜の色、しかしそこには途惑いと焦りが覗える。
「…あ〜…緊急時だからって、こんな大勢の人前でこんなに暴れる事ないのに、これじゃ俺怪しい人だよ〜! ( > <;)」
両手で頭を抱え半泣き状態でいるケアルの所へ、ゆっくりとマヴィンが近づいて来た。
「…おい、怪我はないのか?今のは…?あぁ、それより、俺達と宝玉を守ってくれた事に礼を言わなきゃな!」
戸惑っているケアルの頭をクシャクシャと撫で、マヴィンは優しい目で力強く言った。
「坊主!良く分からんが助かった、ありがとよ!」
「祭りの続きだ!」
「村に帰って、飲もう!!」
ケアルの回りから楽しげな声が上がっていく。
そっとケアルが見上げたら丁度マヴィンと目が合い、二人はニッコリと笑った。
次の日の朝。
「お世話になりました。」
マヴィンとノーラに頭を下げるケアルの姿があった。
「いや、礼を言うのはこっちの方だ、助けてもらって本当に感謝してる。戦い方は妙だったがな。」
返答に詰まるケアルを見ながら、ノーラがニッコリと優しい笑みを浮べて言った。
「詳しい事は分からないけれど、あなたは一人ではないのね?」
「はい!」
力強く答えるケアルを、老夫婦は目を細めて微笑んで見ていた。
「それじゃ俺、行きます。有り難うございました!」
元気良くもう一度頭を下げたケアルは、明るい日差しの中、小鳥の声が響く道を心軽く歩いて行った。
マヴィンとノーラは朝日の中、消えていくケアルの後姿を少し寂しげに、そして嬉しそうに見送っていた。